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2013夏期講習会『医系小論文テストゼミ』補足『看護師志望・志望理由サンプル』

私が看護師として社会に奉仕しているであろう2017~18年頃は、65~74歳人口が「団塊の世代」が高齢期に入った後、ピークを迎えている時期である。いわゆる「団塊の世代」が65歳以上となる2015年以降は、例えば一人暮らしや夫婦のみで暮らす世帯も徐々に増えることが予想され、自立した生きがいのある生活を、医療の側からも支援する必要が現在にもまして増えてくるであろう。その中で私は、訪問看護ステーションや地域の高齢者医療あるいは福祉関連施設などで、看護師として、特に高齢者介護や老年科医療に携わり、高齢者のQOLの維持向上に力を注ぎたいと思っている。その中で私は、看護師が医師と患者の知識や情報の格差を埋め、立場的にどうしても生じる患者側の遠慮を減らすために、患者・院内アドボケイトとして医師や病院と患者側の調整役をしなければならないと考えている。医療の機械化、あるいはIT化等が進んでも、医療や介護は人の温かみがあって初めて成り立つ仕事であり、健康に常に不安を抱きながら生活せざるを得ない人が多い高齢者の患者に対して、私は看護師として、患者に最も「近い」医療スタッフとして、生活管理や患者の心のケアにも積極的に従事したいと思っている。

 

㊟患者アドボケイト・・・「患者を擁護する人」の意。具体的には、医師と患者の間に立ってコミュニケーションを促進し、患者が納得できる最適な治療や、満足できる医療を受けられるように尽力する役割を担う。病気になったことで患者が不利益を被らないように配慮する役割もある。アメリカではペイシェント・アドボケイト(Patient Advocates)として専任制が敷かれているが、日本では看護師がその任を担うことが多い。

2013夏期講習会『医系小論文テストゼミ』第5講MEDICAL☆KING№5【EXERCISE】解答例

(名古屋校の皆さん、お待たせしてすみませんでした・・・(~_~;))

「本質的に医療行為は危険なものである」という「社会的コンセンサス」がないために、日本は、その「安全対策と責任追及」を医療関係者だけに押しつけてきた結果、医療従事者は医療現場から「サボタージュ」し始めた。これが「医療崩壊」の一因となっているのは間違いない。

㊟「~という語句を使って書け」という場合は、指定語句に「 」を付けるようにしよう。

㊟日本の勤務医は、医療訴訟などのハイリスクと現場における患者(あるいはその意識)との齟齬(食い違い・摩擦)が加わり、患者やその声を無闇に増幅したメディアからの理不尽とも言える攻撃を受け、人間としての誇りと士気を失い、楽で安全で収人の多い開業医へシフトし始めた。これを「立ち去り型サボタージュ」あるいは逃散という(「医療崩壊―『立ち去り型サボタージュ』とは何か」小松秀樹著 朝日新聞社刊)。

 

2013夏期講習会『青木邦容のハイレベル現代文』第3講西村清和『現代アートの哲学』要約

産業社会の確立にともなう大衆社会の成立以降、代用品、安価な粗悪品としてのキッチュは、普通の人間の日常生活を快適なものにし、センチメンタリティーと呼ばれる心地よい美的心情のありかたを人間にもたらした。しかし18世紀末以来、たんにそうした美的で主観的なセンチメンタリティーは、倫理的欠落として、断罪され、その美的心情をもたらすキッチュも、自制と自己表現の美学の欠落として非難されてきた。しかしキッチュとは「自存性の美学」に立つ芸術の代用品ではなく、「寄生の美学」に立つ、それ自体、独自の用途を持つ美的対象である点で、それを芸術を基準にして「えせ芸術」と非難するのは誤りである。また現実には、スヴニールや際物などの粗雑で単純なキッチュと「高級」な作品の間には、それほどはっきりした区切りもなく、その境界的な現象が認められる点でも、寄生の美学とそれがもたらすセンチメントは、それ自体、美的に非難されるものというよりは、われわれの人生にそなわったひとつの美的態度とするのが、公平な見方であろう。

 

2013夏期講習会『青木邦容のハイレベル現代文』第1講岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』要約

消費者として実体としての商品そのものを比較できない資本主義社会では、広告を媒体として商品が比較されるが、そこに見られる客観的対応物を欠いた差異は、商品の価値に帰着しえない広告自身の価値を生み出す。この過剰なる差異性ゆえに企業は広告活動をするわけだが、その点で本来商品について語る媒介としての広告は、それ自体商品となっている。これは一般商品の価値の尺度である貨幣が、同時にそれらの商品同様に需要の対象となるという関係と同じであり、そこには形而上学的奇妙さが見られ、またそれへの驚きが、広告についての真の考察と差異性を持った言説を作り出す。

2013夏期講習会『青木邦容の現代文』第2講滝沢健児『すまいの明暗』要約

日本の建築空間の特徴は、厚い壁で空間を閉鎖的に区切り、その機能分担を明らかにした西洋のそれとは異なり、壁のない大きな屋根による開放された空間であり、その意図が自ずから不明確な点にある。その点で西洋の建築は、空間の用途が決まっているために、それに合わせて窓を作るなどの空間の意図的表現が可能となる能動的、かつ論理的な空間である。しかし、日本の建築は、その開放性から外の自然と変わりない空間であり、壁によって自然と対立しようとする西洋のそれとは異なり、自然と同化しようとする受け身の空間である。そこには空間の独立性はなく、またその内部に微妙な変化を見せる明暗を持つ。そのような空間は存在が不確かという点で、その理解の仕方も個人的なものとなる。

2013夏期講習会『青木邦容の現代文』第1講小倉千加子『醬油と薔薇の日々―たのしくニョーボする時代』要約

安田成美の「薔薇っていう字、書ける?」というCMには、男女の力学を逆転させた所に生じる女のコケットリーの発見と、そのような遊戯的言語空間を女に許す、夫婦生活の安定性と恒常性の見通しが示されている。七〇年代のウーマン・リブにしろ、八〇年代のフェミニズムにしろ、女性が結婚生活、すなわち「醤油」というリアリズムに縛り付けられることに女性自身は抵抗してきた。しかし九〇年代のCMで安田成美はそうした「醤油」つまり日常生活が、妻がいつまでも幼くお洒落で初々しくあろうとすることで、男が幻想を抱くような「薔薇化」つまりロマンティツクな結婚生活に変貌させる可能性を示唆したのである。

2013第1学期『現代文読解』第12講分高階秀爾『日本近代の美意識』&岩井克人『「瓶の妖鬼」を読む』要約と記述解答

高階秀爾「日本近代の美意識」

【要約】「美しさ」の発見とは言うものの、これはそれまで誰も気付かなかった対象の持つ属性を見つけ出すことではなく、対象を「美しい」と感じる一人一人の心の中に、思いもかけず見いだされるある種の実感のことである。

岩井克人「『瓶の妖鬼』を読む」

【要約】スティーヴンスンの『瓶の妖鬼』に登場する、小鬼の住む小瓶は、「貨幣」の象徴として読むことが出来る。それは、小瓶が貨幣同様に何でも叶えてくれるからだけではない。貨幣も小瓶もまさに、相手を犠牲にして、交換を成立させるからである。貨幣も小瓶も誰かがそれを受け取ってくれる限りで、交換が成立するが、それはまた相手を手段として自分の願望を叶える行為でもある。しかしこの貨幣の論理を超越した倫理的な交換がある。愛と呼ばれるそれは、自分を犠牲にして相手を救おうとするものである。

問6 二人が自らの魂を犠牲にしても、互いの魂を救おうとしたこと。

2013第1学期『青木邦容の現代文』第9講分 山本健吉『日本の庭について』要約

ヨーロッパの庭は、彫刻や絵画や建築や、ヨーロッパ流の芸術理念を作り出しているそれらのジャンルに準じて、自然を造形し構成し変容せしめようという意志をもって創造された。それに対して日本の庭は、生花や茶の湯、連句などの日本の芸術に共通して見られる一期一会の精神に準じ、そこにはヨーロッパの庭に見られる永遠の造型を目指そうという人間の意志は感じられない。日本の庭は変化こそを命とするのである。しかし日本の代表的な庭園とされる龍安寺方丈の石庭は、ヨーロッパ風の芸術理念から言っても、何ら躓きとなる要素を持っていない。また日本の多くの庭に見られる、日常生活において人をくつろがせ解放し、その嬉戯の心をみなぎらせる要素もない。その点で鑑賞者に緊張感を与える龍安寺の石庭の非日常性は、それが日本の庭の代表などではなく、例外的存在であることを示している。

2013第1学期『医系小論文』MEDICAL KING№6 EX.7 解答例

健康の概念は、医療技術の発展とそれに伴う疾病の変遷と共に変化し、「健康」は単に「病気でない状態」ではなく、その質が問われるようになった。そして患者のライフスタイルが病気の原因になり得るという認識が広まるにつれ、ウェルネスやセルフケアの名のもと、日常の生活習慣を自らがコントロールすることで病気を予防し、より質の高い健康的、衛生的生活を送りたいという考えが出てきた。その後、健康増進の運動は飛躍的に発展し、各年齢毎に心身共に最高の健康状態で生きようというオプティマル・ヘルスという健康観が普及し始めた。

2013第1学期『現代文読解』第9講分 鷲田清一『ちぐはぐな身体』解答例

問1

ア糾弾 イ摂取 ウ隔離 エ交錯 オ希薄(稀薄)

問3

われわれは、じぶんの同一性を、じぶんが他者にとって意味ある他者であることに見いだそうするが、そういう意味の次元での自他の境界が意識できなくなると、物質的・身体的な次元で過剰に自他の境界を意識し、異物との接触を徹底して回避するようになる。

問4

孤独なじぶんが、ある他者には有意味になると思い込み、ストーカー行為を続ける。

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