2014夏期講習会「青木の医系小論文テストゼミ」第5講MEDICAL KING №5Exercise解答

【Exercise】《モロモロチェック》

 1.加齢黄斑変性 ☆視界の中心部をつかさどる網膜中心部の黄斑(おうはん)が正しく機能しなくなり、物がゆがんで見えたり中心部の視界が失われたりする症状。

 2.新型出生前診断 ☆妊婦の血液中にある胎児のDNA断片を解析して三つの染色体について異常を判定する。検査が可能なのは、ダウン症の21トリソミー、精神遅滞や発育異常が出る13トリソミーと18トリソミー。費用は約21万円。日本産科婦人科学会は、検査対象を、35歳以上の妊娠と、ほかの検査で染色体異常が疑われる場合に限定した。新型診断の正式な名前は、「無侵襲的出生前遺伝学的検査」(略称は英語の頭文字をとってNIPT)と言う。「無侵襲的」とは、体への負担がないという意味。

 3.(順に)肺炎 肺炎 肺炎

 4.コメディカル(スタッフ)あるいはパラメディカル(スタッフ)

 5.かかりつけ医(家庭医) ☆専門医が開業してプライマリ・ケアも担う日本型のシステムは非常に優れていて、かかりつけ医を受診すればワンストップで内視鏡検査や治療などのサービスが受けられるメリットがあると言われている。

 6.ナースプラクティショナー ☆米国、イギリス、カナダなどでは、医師から独立して診療や薬の処方ができる「診療看護師(ナースプラクティショナー、NP)」が活躍している。医師同様、専用の診察室で患者を診て、内診もする。看護師ということで診察を拒否する人はほとんどいない。日本では2014年度国会で看護師の特定行為の実施に関わる制度が、ようやく法制化される見通し。

 7.総合(内科)医(2017からは総合診療専門医) ICU型救急医 ER型救急医 家庭医(僻地診療医など)

 8.(順に)病気 病人 全人 生活習慣 予防医療

 9.(順に)ドクターショッピング モンスターペイシェント(クレーマー) ☆ドクターショッピングとは、複数科受診や、医師を取っ替え引っ替えする行為。

10.(順に)余命 余命

11.ロコモティブシンドローム(ロコモ/運動器症候群) ☆ロコモティブシンドローム(ロコモ)は寝たきりの大きな原因であり、日常生活に制限のない期間、いわゆる健康寿命の延伸に欠かせない要素となる。そこでロコモは、2013年に開始された国民の健康づくり運動「健康日本21(第2次)」において、2012年時点で17.3%だった国民の認知度を、10年後に80%まで上昇させるという数値目標が設定されている。

2014夏期講習会「青木の医系小論文テストゼミ」第4講MEDICAL KING №4 Exercise解答例

【解答例①】

医療には、ホスピスケアのような本人を苦しみから可能な限り解放しようとするものもある。その点で、生殖補助医療は子どもが出来ないという人の精神的苦痛から、当人を解放するためのものであるという点では医療の一種と考えられ、「科学の濫用」ということは出来ない。もしこれを不自然というのなら医療は全て不自然だということになる。

【解答例②】

WHOの健康の定義では「健康とは、完全な 肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」とある。また医療の目的が、人間の「健康」の維持、回復、促進であるなら、子どもが出来ないことで心的苦痛を抱えている状態は「健康」とは言えない。それを回復するのに生殖医療技術が使われるのなら、それは医療であり、「科学の濫用」とは言えない。

【解答例③】

AIDで誕生した子どもの出自をする権利が日本では保障されてないなど、生殖補助医療で誕生した子どもは、その福祉が脅かされる状況にある。つまり法整備など、社会の受け入れ体制が整っていない状況で「技術的に可能だからする」という点では、生殖補助医療は科学の暴走という点で「科学の濫用」だと言うことができる。また自然界では一定の割合で子孫を残せないものがいるのに、それを技術で残そうとするのは「不自然」だとも言える。

 

2014夏期講習会「青木の医系小論文テストゼミ」第3講MEDICAL KING №3 Exercise解答例

【解答例】

そもそも「不正」を防ぐには、不正を生む背景や不正の行われた理由を明らかにする作業が必要である。様々な分野の研究者による不正が相次いだということは、研究者全体の環境が悪化していることを意味するのではないか。具体的には成果主義や研究者の雇用状況の不安定さ、あるいは研究における絶対的上下関係などがそれにあたる。いずれにせよ科学者が、不正を働けば研究の世界から追放されるという認識を強く持つ必要があろう。

(200)

2014年夏期講習会「青木邦容の《ハイレベル》現代文」第5講要約&復習問題

【要約】

浅野内匠頭の辞世の句は、死に追いやられた自分を風に散らされる花に見立てているが、読者がこの歌に「この世に未練が残る」内匠頭の胸中を深く思い遣るのは、風に散る花への見立てによる効果とは言い難い。むしろ《忠臣蔵事件》というコンテクストやこれが辞世の句という知識によって、読者は作者の心を思い遣って感動するのであり、「花」の語は、むしろ感動の元になっている〈死〉という事柄の強烈さを曖昧にしてもいる。しかしこの歌を、言い回しに何のレトリックも使っていない、同じく辞世の句である在原業平の歌と比べると、業平の歌の方にぎこちなさや歌らしくないものを感じる。内匠頭の歌の方は、歌らしい洗練された感じを持つが、それは花への見立てによるものである。歌は「ただの詞」とは異なり、その言葉がそれ自体一つの《姿》を持つモノとして私たちの前に現れる。見立ては単なる認識の手段ではなく、歌を歌として成立させている《言い回し》つまり、《姿》のためのものであり、ここから和歌の本意とは、言葉が表わす意味や内容ではなく、言葉の形であることがわかる。

 

 

【復習問題】

本文68行目「意識が~向かってしまう」とあるが、筆者はこれを「和歌の本意」ではないと説明している。どうしてそのように考えるのか。その理由にあたる内容を持った箇所の最初の5文字と最後の5文字を抜き出せ(句読点を含む)。(㊟解答は最下段)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

歌はまず言~すぎない。

 

2014年夏期講習会「青木邦容の《ハイレベル》現代文」第4講要約&復習問題

【要約】(問6の解答を兼ねる)

(解答例1)

「詩人」の思想に従えば、人間には暗闇があり、「日常生活」における「能率」優先のコミュニケーションでは、気持ちを伝えられないが、その方が人間らしいとも言える。

 

(解答例2)

「詩人」の思想によって、人間が「能率」のみで生きていない以上、「日常生活」において簡単に気持ちを伝えないことが、逆に人間の生き方に忠実であることに関心を寄せた。

 

(解答例3)

有限なるものが無限なものにさわっているという「詩人」の奥行きある思想は、「日常生活」における「能率」重視のコミュニケーションが見失った人間の奥深さを教える。

 

 

【復習問題】

本文17行目「創造的な刺激を秘めた難問」とあるが、どうしてそのように言えるのか。「自分の言葉」を用いて80字以内で書け。(㊟解答例は最下段。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答《例》】

絵画や音楽の従来の表現方法では、表現不可能なものを表現しようとすることは、難しいがゆえに挑戦しがいがあり、またそれによって新たな芸術を生み出す可能性もあるから。

2014年夏期講習会「青木邦容の《ハイレベル》現代文」第3講要約&復習問題

【要約】

人類が目指してきたはずの豊かさは、それが達成されると逆に人が不幸になってしまうという逆説について、イギリスの哲学者バートランド・ラッセルは、人々の努力によって社会がよりよく、より豊かになると、人はやることがなくなって不幸になると説く。しかしこのように人類が豊かになったことを喜ぶことができないのは、社会の中で「好きなこと」をできるような余裕を獲得はしたが、その「好きなこと」は、決して「富むまでは願いつつもかなわなかった自分の好きなこと」ではないからだ。高度消費者社会という「ゆたかな社会」では、供給が需要に先行するどころか、供給側が需要を操作している。二〇世紀の資本主義の特徴の一つは、文化産業と呼ばれる領域の巨大化にあるが、それは大衆向けの作品を操作的に作り出して大量に消費させ利益を得る手法を確立した。そうした社会では、かつてカントが述べたような人間の主体性は期待できず、産業が、主体が何をどう受け取るのかを先取りし、予め受け取られ方の決められたものを主体に差し出している。つまり、豊かな社会の人々は、文化産業に「好きなこと」を与えてもらっているのだ。こうして暇を持て余し、しかも何が楽しいかも分からないた人々は、資本主義につけ込まれ、文化産業にお金と時間を、企業に都合の良いように使わされてしまう。こうした「労働者の暇の搾取」は資本主義を牽引する大きな力である。

 

 

【復習問題】

本文155行目に「ならば、どうしたらいいのだろうか?」と問いかけはあるが、それに対する筆者の答えは現れずに本文は終了している。筆者の言うように「暇が搾取」されないようにするには、どうすれば良いと本文の後で筆者は言うだろうか。本文を参考にして80字以内で書け。(㊟解答は最下段。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

文化産業が提供する既成の楽しみや産業に都合の良い楽しみで暇を埋めるのではなく、自らの感性が真に求める楽しさや好きなことを主体的に求めることに暇を使うようにする。(80字)

 

 

 

 

 

 

2014年夏期講習会「青木邦容の《ハイレベル》現代文」第2講要約&復習問題

【要約】

アル・カーイダの首魁ウサーマ・ビン・ラーディンが、アメリカ同時多発テロから十年を迎えたタイミングで殺害されたが、この時、同時に「アラブの春」が進行した事実は、アラブ・ナショナリズムやイスラーム原理主義といった外向けの思想で内政の矛盾を糊塗する独裁者に市民が追随した現代アラブの歴史に終止符が打たれたことを象徴する出来事であった。九・一一からの十年は、内戦やテロによってイスラーム共同体の“理想”を政教一致国家として実現しようとするアル・カーイダなどイスラーム原理主義過激派のおぞましさを白日のもとにさらした。そうした中で、アメリカを憎むあまりアル・カーイダのテロに共感しがちだったムスリムとアラブの市民たちも、自らの独裁者を追放しない限り、市民権や豊かさを決して手に入れることは出来ないことに気付いた。こうした「アラブの春」は、“挙国一致”の名目で市民の民主的願望を封殺してきたアラブ・ナショナリズムの限界を露呈するものであった。しかしテロリズムが衰退する道筋を楽観的に描くことが出来ない面もある。テロリズムが民主化運動の一翼に入り込む危険な兆候や、市民革命の中に国際テロ組織が浸透しているという情報もあるからだ。これを解決するには、独裁者が国内の抑圧を正当化してきた根拠を無くすことである。具体的にはパレスチナ問題の解決や若年層の人口増加による不完全雇用(失業)の解消が必要である。あくまでウサーマ・ビン・ラーディンの死は、国際テロリズムの支持基盤を根絶する一里塚にすぎない。

 

 

【復習問題】

本文34~35行目「異教徒の~むずかしい」とあるが、なぜ「むずかしい」と言えるのか。本文の表現を使って90字以内で説明せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

グローバル・テロリズムが、アラブやムスリムの一般市民から犠牲者を出したことと、アメリカの引き起こした戦争で一般市民が犠牲者になったことは、人が死んだという点では同じだから。

2014年夏期講習会「青木邦容の《ハイレベル》現代文」第1講要約&復習問題

【要約】

私たちは、己を己の身体から切り離し、内と外、心と体、主観と客観を分断しているが、こうしたデカルト的な考え方によって、純粋な内面性としての〈私〉が作り出された。一方でデカルトは、身体をただの自動機械と措定し、フーコーは、そうした身体が〈生産〉の効率化のために〈従順な身体〉として管理されると説いた。しかし、現在の消費社会では、この身体はむしろ〈消費〉のための身体になっている。現在では、身体はモードとファッションのコードによって解読される記号となり、消費される夥しいモノの流通過程に組み込まれているからだ。そうした身体は、たしかに私の身体なのだが、その中にデカルトの措定したような〈私〉は存在しない。〈私〉はかろうじて、身体の表層で織りなす意味作用によって表わされるのみである。このようにデカルトの近代的〈私〉が見られない身体は、単なる機械として管理され、記号として消費されるモノでしかない。

 

 

【復習問題】

本文4行目「本物の〈私〉」を言い換えるとしたら、本文中のどの表現が適切か。それを10字以内で抜き出せ。(㊟解答は最下段。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

純粋な内面性

2014年夏期講習会「青木邦容の現代文」第5講要約&復習問題

【要約】

 民俗学から貨幣をみる作業は、まず私たちの生活の中で貨幣がどのような扱われ方をしているのかという点に注目することから始まる。すると、なぜお賽銭を神社で投げるのか、そしてきれいな清水になぜお金を投げ入れるのかという疑問が湧く。これらは明らかに経済的なあるいは社会的な関係で解読できるものではない。なぜなら、社会的関係の中の贈与に見られる特徴を持たないからである。それは上下関係を発生させるというものであるが、少なくとも賽銭は神様との間に上下関係をつくるものではない。こうした脱社会の状態、における贈与、あるいは宗教や儀礼や芸能における貨幣の機能は、「ケガレ」という概念を使って説明できる。人々が祓へ清めたいもの、人々の生活や生命を脅かすものをひとまとめにしたものを「ケガレ」と言うが、厄払いに象徴的に示されるように、人々はケガレを祓へ清めたいと願っている。その際に、ケガレは貨幣に託されるのである。つまり貨幣はケガレの吸引装置になっているわけだが、ケガレを吸引した貨幣は、それと共に祓へ清められたことで縁起物になるという逆転現象を発生させる。私たちが神社にお賽銭を投げ込むことで、ケガレは祓へ清められ、神様が鎮座しているありがたい場所である神社は、さらにありがたいものとなるのだ。清水の湧く泉も同様の逆転現象が生じていると考えられる。ここから神あるいは信仰は、ケガレが祓へやられる展開の中から生まれてくる仮説が成り立つが、このようなケガレの吸引浄化装置としての神の基本的属性は、西洋のキリスト教世界にも普遍的に見られるものである。

 

【復習問題】

筆者は最終的には「民俗学から貨幣をみる」ということを通して、「ケガレが祓へやられる展開」の中で神が生まれるという仮説を導いているが、そのためになぜ前半で「社会的関係のなかでの贈与」の説明をしたのか。その理由として最も適当なものを次の①~⑤の中から一つ選べ。(㊟解答は最下段)

 

 ①    日常生活における贈与の意味を説明する際に、上下関係が発生する場合のものとしない場合のものを挙げ、神社の賽銭や銭撒きといった習俗の中における贈与との違いをはっきりさせておきたかったため。

②    社会的関係の中における贈与にも、上下関係が発生しないものがあることを挙げつつ、それでも上下関係を最初から発生させない脱社会的な状態における贈与は、そこから区別できることを説明するため。

③    社会的な関係における贈与の基本的性質は上下関係の発生にあるが、賽銭は神様と上下関係を作るものではないという自明性を挙げることで、脱社会における贈与の意味を考えるキーワードを提示するため。

④    脱社会の状態における贈与が、人々の間に上下関係を生じさせるものではないという筆者独自の視点を、ことさら強調するために、まず社会における一般的認識としての贈与の意味を説明する必要があったから。

⑤    ケガレの逆転現象が神の発生に関わることを説明するためには、経済的、社会的関係における贈与の意味と、脱社会の状態における贈与の意味が、逆の意味を持つことを前提として説明しておく必要があるため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】③

2014年夏期講習会「青木邦容の現代文」第2講要約&復習問題

【要約】

 過去のある時代の考え方が現代のそれと違うからといって、直ちにそれを誤っているとか遅れているとかいうことが出来ないという真理は、「装飾」にも当てはまる。現代では装飾は、「色彩や線条などで建築や工芸品を美化すること」と説明されるが、近代以前までは、装飾の目的は美化ではなく、死者の冥福や祓禊を願うような宗教的な意味内容を含めることにあった。そもそも「美」という文字自体も、昔は宗教的な意味内容を持っていたが、近代に入り人間の宗教感情が希薄化するにつれて、その観念も単なる感覚的な意味しか持たなくなったという背景を持つ。そうした意味では「美化」の意味も現代とは大きく異なっていた。宗教的意味でのこうした装飾=美化は、現代の感覚的領域に止まるそれとは異なり、色彩や形の持つ意味内容こそが重要であった。それが美しいのはあくまでもその結果であり、現代のように意識されて形作られるものではない。またそうした装飾文様は、時代あるいは地域または部族の共通言語であるがゆえに、変化し乱れることも少ない。

 

 

【復習問題1】(㊟解答は最下段)

【復習問題】70行目「装飾文様はそう変化せず乱れもしない」とあるが、「装飾文様」が変化したり乱れたりしてはならない理由はどこにあるか。次の文に当てはまる言葉を下記の選択肢の中から選べ。

 

 近代以前までは人間の( A )感情が、現代のように稀薄ではなく、人々の精神の拠り所が( A )にあり、深い信仰を基に時代や地域、部族の集団の( B )が保たれていたため、互いが同じ集団に属し、同じ( C )を持つ仲間だと意識するための( D )の役割を装飾文様が果たしていたから。

 

①  コード ② グラマー ③宗教 ④混沌 ⑤ルール ➅ 支配 ⑦秩序 ⑧信仰 ⑨信条 ⑩友情

 

【復習問題2】(㊟解答は最下段)

本文69~70行目に「装飾文様」は「共通の言語だからこそ」変化しないし、乱れもしないとあるが、どうして「共通の言語」だと、「変化」せず「乱れ」もしないのか。その理由として次の中から適切な選択肢を一つ選べ。

①  過去の造形言語の大部分は、現代のそれとは異なり具象性が強く、ある一定の時代や地域、集団内の構成員にとって誤解のしようがないものだから。

②  非近代社会の造形言語は、感覚的、恣意的に構成されたものではないため、ある集団の構成員が、それを使用するためには、きまりを学ばねばならないから。

③  非近代社会の装飾文様の使用目的は、言語のように意味を持たせることであり、その意味を言語共同体の構成員が共有するには、きまりや約束に準じた使用が必須だから。

④  過去装飾文様は、時代的に地域的に少しずつ変化はするが、本質的には恣意的に発案されたものではないため、個々人が変化させようとしても失敗するから。

⑤  非近代社会は、近代社会のような個人の自由が認められていなかったため、集団内の構成員は決まりや約束に従うことを強制されていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

1  A ③ B ⑦ C ⑧ D ①

2 ③

49 / 59 page« 先頭...102030...4748495051...最後 »