2013第2学期『青木邦容の現代文』第2講内田樹「街場の現代思想」要約

《要約》

「まだ割れないグラス」を「決して割れないグラス」よりも選択的に丁寧に扱う理由は、それが失われた時に私たちが経験するであろう未来の喪失感を想像的に先取りしているからである。同じように私たちの人生は、まるで「物語」のように、その個々の断片が「ほんとうに意味していること」は事後的にしか分からないが、それでも私たちが人生を楽しむことが出来るのは、やはり「私の人生」という物語を読み終えた未来の私を想像するからである。それは、私たち自身が人生の「クライマックス」や「修羅場」を迎えている時に、それらを迎えているという認識に至ることができることにも見られる。未来の時点からそれらを俯瞰するように眺めている自分を、やはり想像によって先取りし、「既視感」にとらわれているからこそ、私たちはそうした出来事の文脈的な位置づけをすることが出来るのである。