月別アーカイブ: 2013年8月

2013夏期講習会『センター現代文』第5講大岡信『抽象絵画への招待』漢字解答とイメージチャート

【イメージチャート】

絵の値段が「号いくら」という数値によって決められる習慣

⇒絵画を動かす大きな背後の力が、近代の新興ブルジョアジーの手に移って後のこと=虚飾屋で、鑑識眼においても自信を持たない新興ブルジョアジーが、お大名を歴史の背景に追いやり、台頭してきた後のこと⇒絵画を「号いくら」というように金銭的数量に還元するのは、合理的な方法であった⇒新興ブルジョアジーは活動家であり、移動し移転することを厭わない存在

⇒絵は備え付けの調度品ではなく「商品」となった⇒普遍的/合理的に見える値段の付け方が重宝された=画家はパトロンを失い、相対的独立を果たす=アルチストいなった。

「号いくら」の習慣と同時発生=「純粋主義」の思想⇒絵画的要素以外の一切の排除=画家を「色彩それ自身」「形態それ自身」の価値の探求へと向かわせる=19世紀末期激発

⇒ルネッサンス期には決して認められない画家=パトロンが存在していた社会は、絵の形態や法則性のみ関心を寄せるような画家を決して許容しなかったであろう

⇒「純粋主義」の画家=「色彩それ自身」「形態それ自身」の価値の探求に力を注ぐ

⇒「純粋主義」=号いくらの合理主義に代表される一種の数量主義を生む原因の一つでもあった=純粋にキャンバスの上に実現された色彩と形態によるイメージの世界が絵画の価値を決定するという思想の一般化・普遍化=キャンバスの上に実現されたもの以外には何一つ考慮する必要がない=キャンバスの大きさで、合理的に、その絵を完成させる労働力を尊重し、絵の価値を決めるということ=金銭的合理主義の普及につながる=芸術をただ「芸術」として尊重することが、かえって芸術を金銭的合理主義へと導いたという「逆説」

⇒絵画を見せかけだけの「大きさ」でその価値を計ろうとする思想は、現代絵画を退廃させる一因である=通俗合理主義ー純粋主義=表裏一体=相補関係=画家の関心を、キャンバスという、枠に囲まれた平面に過ぎないものの上へと集中させるように見える=画家は新奇な意匠を追いかける=絵画における商業主義(の広がり)=画家の中には「止むに止まれる内的必然」、つまり自分が真に表現したいと思うモチーフがないにも関わらずただ絵を売るために創作するだけの存在になるということ。

問1

(ア)新興 ①恒例 ②功   ③構築 ④復興 ⑤厚遇

(イ)重宝 ①果報 ②国宝 ③奉仕 ④途方 ⑤来訪

(ウ)覆   ①中腹 ②伏線 ③復元 ④福祉 ⑤覆水

(エ)投   ①投合 ②絶倒 ③統一 ④点灯 ⑤舞踏

(オ)稼   ①転嫁 ②不可解③美化 ④稼働 ⑤寡黙

 

2013夏期講習会『センター現代文』第3講饗庭孝男『想像力の考古学』漢字解答

問1

(ア)移植 ①触発 ②装飾 ③着色 ④嘱託 ⑤植民地

(イ)微細 ①設備 ②機微 ③尾行 ④耳鼻 ⑤美観

(ウ)幾層 ①車窓 ②断層 ③浴槽 ④操作 ⑤騒音

(エ)輪郭 ①外郭 ②格調 ③計画 ④隔離 ⑤錯覚

(オ)匹敵 ①摘発 ②警笛 ③的中 ④敵意 ⑤点滴

2013夏期講習会『センター現代文』第1講吉田喜重『小津安二郎の反映画』漢字解答

問1

(ア)陶酔 ①搭乗 ②沸騰 ③答弁 ④哀悼 ⑤薫陶

(イ)暴虐 ①暴落 ②無謀 ③妨害 ④防戦 ⑤欠乏

(ウ)幻惑 ①減量 ②上弦 ③変幻 ④幽玄 ⑤厳正

(エ)欺く ①虚偽 ②擬態 ③疑心 ④詐欺 ⑤義憤

(オ)腐心 ①不穏 ②赴任 ③扶養 ④腐敗 ⑤給付

2013夏期講習会『上智大現代文』第3講中野好夫『悪人礼賛』要約

善意の善人は、聡明な悪人と比べて退屈でしかも始末に困る。善人は、その動機が純情や善意だというだけで、一切の責任が解除されると思っており、また悪人の場合とは異なりその無法さから何をしでかすか分からないせいで警戒もできない。悪人はその点で、彼らのルールを熟知し、警戒さえしていれば、むしろ付き合いやすい点で、始末が良い。また真の友情は、相互間の正しい軽蔑の上においてこそ、はじめて永続性を持つ。金はいらぬ、名誉はいらぬ、自分は無欲だという人間も何をしでかすか分からぬ点で、退屈で怖い。長年、自分は偽善者であろうと努力しつつも、純情や善意が顔を出して無様な気持ちにさせられたが、最近、偽善者として悪名が高くなり嬉しいかぎりだ。世の中に自分のような偽善者や悪人が増え、同時にそれらに欺かれる善人がいなくなることを願ってやまない。

2013夏期講習会『上智大現代文』第2講野矢茂樹『哲学・航海日誌Ⅱ』要約

大人は、子ども向けの常識的世界像を形成し、その中で子どもと対等なパートナーシップをつかむことで子どもに標準的な言語使用を教えようとする。それは同時に「子どもらしい子ども」になることであり、「凡人たれ」という人物教育でもある。この標準的言語使用を自覚的に逸脱することで子どもははじめて、比喩や皮肉や冗談を飛ばせるようになるのであり、そのためにも子どもの無自覚な標準的言語使用からの逸脱をうかつに讃えてはならない。伝統的神話が弱体化した現在、そこからはみ出した者は自分を「ふつう」の者として位置づける新たな神話を作ろうとするが、自ら選び取った神話は「自分らしさ」として偏愛され、そこから言語の創造性は生まれない。創造性を生む武器としての諧謔は、自らに押しつけられた伝統的な神話という常識のもとではじめて可能になる。

2013夏期講習会『上智大現代文』第1講鷲田清一『悲鳴をあげる身体』要約

《要約》

我々は社会の意味の線や閾にそって具体的な「ひと」としての自己をかたちづくっていくが、その社会的な閾とはあくまでも恣意的なものであり、その擬制的な秩序によって我々の現実は共有されている。しかしそれが恣意的であるがゆえに〈わたし〉の存在は、他でもありえた可能性を否定できずに、我々は〈わたし〉の存在への不安を抱く。したがって、その可能性への感受性を封じ込めることで、その不安を解消しようとするが、それは現実から〈あそび〉が乏しくなることであり、世界の〈すきま〉が糊塗されることである。しかし現実にはそれを組み立てている遊びが重要であり、それがあるからこそ現実の秩序は、状況の変化に過剰な対応をすることなく、相対的に安定することができる。つまり〈すきま〉のない秩序は崩れやすいのである。その意味で現実は、遊びという契機を内蔵することで可塑的な性質を持ち、またそれによって秩序を不意の状況にあっても修復し、取り替え、編成し直すことができるわけである。

2013夏期講習会『関関同立現代文』第3講梅原賢一郎『カミの現象学 身体から見た日本文化論』漢字解答

問2

a 模索 イ搾取 ロ錯誤 ハ添削 ニ散策 ホ思索

b 寸法 イ信奉 ロ奔放 ハ六法 ニ吉報 ホ遠方

d 拒否 イ卑屈 ロ逃避 ハ罷免 ニ採否 ホ非礼

h 祭典 イ御殿 ロ特典 ハ名店 ニ仰天 ホ栄転

 

2013夏期講習会『関関同立現代文』第2講吉岡洋『〈思想〉の現在形 複雑系・電脳空間・アフォーダンス』漢字解答

問7 

あ真剣 a検査 b倹約 c保険 d手裏剣 e経験

い衝撃 a衝動 b故障 c症状 d弁償 e不祥事

う慈善 a辞任 b目次 c事件 d滋養強壮 e慈悲

え一概 a感慨 b概況 c該当 d外聞 e生涯

お洞察 a誘導 b空洞 c暴動 d混同 e言語道断

 

2013夏期講習会『青木邦容の現代文』第4講原広司『空間〈機能から様相へ〉』要約

「空間認識」と呼ばれる、文化の底流にある、ある種の空間に対する認識は、日本の場合、境界を明確にしない方がよいとする価値観に見いだせる。日本の伝統的住居は、領域を漠然と指定する手段によって、見えない領域に秩序を与え、空間を〈場としての性格〉でとらえてきた。また日本人は昔から事象が融合する様相に、美しい風景を見てきた。こうした価値観は日本の芸術の特性というばかりではなく、日本人の日常の情景あるいは風景の中でも、そのような価値付けがなされてきたものであろう。

2013夏期講習会『青木邦容のハイレベル現代文』第4講小林秀雄『満州の印象』要約と解答&解説補充

《要約》

西洋の主義・思想が、日本の近代社会の諸組織・諸形式を西洋化したのはたしかだが、だからといって日本人の精神が西洋の思想に塗りつぶされたように思うのは錯覚である。精神の組織は新しいものの影響に最初は非常に敏感に反応するが、次第に強い抵抗を現してくるものであり、それは日本人も例外ではない。ただそのような変わらぬ日本人の伝統的な心を表現できない日本文化は、大きな欠陥を抱えたものだと言える。

 

《解答と参考》

問1

①傍線部を一文でとらえる(方式㉑)②僕ら(=日本人)が、今日(=現代)捕らえあぐんでいる(=なかなか「持てない」でいる)ものは何か⇒西欧の主義・思想が入ってきても、結局変わらなかった日本人の姿③①~③によって確認した内容を文章中に探す(方式⑥の際に読み取っている内容を参考にする)④15行目「変わっていない自分」を受けて「文化の伝承もまた微妙に行われる」とある。ということは、「変わったと思ったら案外変わっていない」という感じで「微妙に」文化の伝承も行われるということ。⑤20行目に「伝統的な日本人の心を大変微妙なものにしてしまった」とある。これは④で説明したことを言っている。⑥その直後に、「その点に関する適確な表現を現代の日本人は持っていない」とある。つまり、変わっていない伝統文化の適確な表現を現代の日本人は「持っていない」ということ。⑦①に戻る。僕ら=日本人、今日=現代、捕らえあぐんでいる=なかなか「持てない」でいる、といった内容に、「適確な表現を現代の日本人持っていない」がマッチする。

 

解答:適確な~である ㊟句読点の必要・不必要は設問に従う。ただし、制限字数が少なく、かつ「~字で」ではなく「~文字で」となっている場合、句読点を省略する場合がある。

 

問2 

①傍線部を一文でとらえる(方式㉑)②指示語が何を指すかは、「指示語に続く内容」から判断できることが多いので、「単純に自分の生きてきた過去を扱う」とか「現在の生活を侮蔑するもの」という表現に注目する③単純ということを、第一段落の「捕らえあぐんでいる」と対比的に考えると、変わらぬ日本人の姿を捕らえるのは難しいとなり、「単純」ということが「日本人は西洋の主義・思想にどっぷり染まってしまった」ということを意味することがわかる。④「現在の生活を侮蔑」ということは、西洋化・近代化された自分達の現在の生活を否定することになるという意味になる⑤「③④」から「そういう風」とは、「日本人がすっかり西洋化してしまったように」というくらいの意味になることが分かる(方式㉗)。

 

解答:ホ

 

問3

①傍線部を一文でとらえる(方式㉑)②いくつかの方式が当てはめられる形なので、試行錯誤しながら一つ一つ試していく。③まず「西洋の~錯覚するのも」の箇所が「結果」を表し、「思想の形~ところから来る」が「原因」を表していることに気付き、結果の箇所をヒントにしてみる(方式㉕)。そこには問2にもあったように「西洋の思想」に日本人がどっぷり染まった考えるのは「錯覚」だとある。つまり、日本人の伝統的な文化は15~16行目にあるように、ちゃんと「微妙」な感じであるが、伝承されているということである。また方式㉔を使って、直後の指示語を追いかけても「その微妙さのうちに~」とあるように、文化の伝承が微妙に行われていることを説明している。今回はどちらの方式でも解答可能。

 

解答:二

 

問4

①方式㉙に従い、あえて内容で攻める②それぞれの「た」を文脈にそって言い換え、内容を確認する③他の「た」と異なりオだけが「~ている」と言い換えられるのが分かる。

 

解答:オ

 

問5

①傍線部を一文でとらえる(方式㉑)②方式㉓でS-P関係を捉え、S「これ」の内容を追いかける。③19~21行目、つまり問1で捉えた内容を確認。現代の日本人が自らの文化(の心・精神)を表す(自覚する)手段を「持っていない」ことを指している。④また、この文は「言い換えれば」を持っていることから、その前の内容にも目を遣ると文化の伝承の「微妙さ」を「見落としている」せいで、西洋に精神を塗りつぶされたと錯覚しているという内容であることが分かる。⑤「③④」の「持っていない」「見落とす」に注目する(方式㉗)。この表現とマッチするのはホ「欠陥」=不足、不備、欠点しかない。「持っていない」=「不足・不備」からも分かる。⑥ハにした人がいるかも知れないが、ハだと「持っていない」ことが現代文化の「錯誤」となり、簡単に訳すと「日本文化の心を表す手段を持っていないということが明らかな錯誤である」となり、錯誤は「あやまり・勘違い」という意味であることから、持っていないことが「勘違い」となり、結果「実はその手段を持っている」という意味になって、本文の内容とは逆の意味になるので×。

 

解答:ホ

 

問6

①冒頭に置く文章を選べということは「小見出し(章)」を選ぶということ②つまりこの文の「小さな」要約を求めている③ということは頻出の「題(タイトル)選び」と考え方は同じ⇒⑴繰り返される内容・表現が含まれている(方式⑥で確認)⑵比喩や具体例はそのままタイトルにならない⑶他の文章のタイトルにもなるような特徴のないものは選択しない④方式⑥以降を使って「折れ線グラフ」を作ると、要約のような内容がつかめるはず。

⑤〇「総じて~捕らえあぐんでいる」―「西洋の思想は~毒したのではない」―「自分という人間~微妙に行われる」―「西洋の思想が~日本人がある」―「言い換えれば~持っていないのである」と読んでいけば良い。⑥イだと、日本人の知識人(インテリゲンチャ)が、西洋一辺倒に陥っていることになる。そうではなくて、すっかり「西洋化された」と思いきや「変わらぬ日本人」の姿があると言いたいのだから「帰れ」と言う必要はない。ロ「影響を影響と感じない」というのは13行目「新しい組織の影響に初めのうちこそ強く抵抗する」に合わない。

ハ西洋化の模倣が「出来ない」とは言っていない。7~9行目の内容にも合わない。

ホ文化の混乱・退廃などという内容ではないし、そもそもタイトルとして平凡すぎる(③の⑶参照)。

 

解答:ニ