【要約】
言葉は、その本性上、一般的なものを固定的にしか表現できない。したがって純個別的、純瞬間的な「事象」の具体的全体をそのまま言葉で表現して伝えることは、どのように言葉を駆使しても不可能である。その点で、言葉は絵が事物を描写しうるほどには事物を描写することができず、音楽が感動を表現しうるようには感情を表現することはできない。言葉と表現したい事象とのギャップは不可避であり、それを切実に経験する人間は、しばしばミソロゴスになる。また人が、コミュニケーションを拒否している状態は、そのミソロゴスと言葉への不信が根深いことを指し示している。しかしこうした言葉と事象との距離と断絶への意識は、言葉に対応するもの、言葉が指し示そうと意図しているものへの注意と凝視を前提としている点で、そもそもそれらが不在ならば人はミソロゴスどころか、言葉を容易に信じ、それに没入する。その人は「ひとりよがりのピロロゴス」とでも呼ばれる存在である。特に、現代のような情報と宣伝の時代では、言葉の氾濫の中にあるわれわれは、その公共性と社会性が単なる名目に過ぎないものに、容易に実在の仮象を与えるのをそのまま見過ごしている。われわれは言葉に麻痺し、それがいかなる事実に対応するかを確かめようとしない。このような状況は、危険と悲惨をもたらす可能性があり、「ひとりよがりのピロロゴス」は、いつの時代でも特定の権力や特定の集団が宣伝する名目を信じて踊らされてきた。したがってわれわれはまず、この種のピロロゴスであることを断じて拒否しなくてはならない。しかしこれはミソロゴスになることとは異なる。ミソロゴスの心情は、言葉に関する真の認識の欠如から由来しており、人間としてあるべき最終的な立場でもない。言葉の限界と欠陥らしきものを早急に断定して言葉を責めるのではなく、まず言葉とは人間にとって何なのかを、もう少し見極める努力をしなくてはならない。
【問4】
言葉は、一般的なものを固定的にしか表現できないので、事象の純個別的な具体的全体を伝えられない。
【復習問題】
次の対立項のうち、本文46~47行目の現代社会の状況に関係するものを次の中からひとつ選べ。
①クローン ⇔ オリジナルと本物
②実存⇔実在と仮象
③ヴァーチャルリアリティ⇔リアリティ
④シミュレーション⇔モノとことば
⑤情報⇔経験と実践
【解答】④