2014年夏期講習会「青木邦容の現代文」第5講要約&復習問題

【要約】

 民俗学から貨幣をみる作業は、まず私たちの生活の中で貨幣がどのような扱われ方をしているのかという点に注目することから始まる。すると、なぜお賽銭を神社で投げるのか、そしてきれいな清水になぜお金を投げ入れるのかという疑問が湧く。これらは明らかに経済的なあるいは社会的な関係で解読できるものではない。なぜなら、社会的関係の中の贈与に見られる特徴を持たないからである。それは上下関係を発生させるというものであるが、少なくとも賽銭は神様との間に上下関係をつくるものではない。こうした脱社会の状態、における贈与、あるいは宗教や儀礼や芸能における貨幣の機能は、「ケガレ」という概念を使って説明できる。人々が祓へ清めたいもの、人々の生活や生命を脅かすものをひとまとめにしたものを「ケガレ」と言うが、厄払いに象徴的に示されるように、人々はケガレを祓へ清めたいと願っている。その際に、ケガレは貨幣に託されるのである。つまり貨幣はケガレの吸引装置になっているわけだが、ケガレを吸引した貨幣は、それと共に祓へ清められたことで縁起物になるという逆転現象を発生させる。私たちが神社にお賽銭を投げ込むことで、ケガレは祓へ清められ、神様が鎮座しているありがたい場所である神社は、さらにありがたいものとなるのだ。清水の湧く泉も同様の逆転現象が生じていると考えられる。ここから神あるいは信仰は、ケガレが祓へやられる展開の中から生まれてくる仮説が成り立つが、このようなケガレの吸引浄化装置としての神の基本的属性は、西洋のキリスト教世界にも普遍的に見られるものである。

 

【復習問題】

筆者は最終的には「民俗学から貨幣をみる」ということを通して、「ケガレが祓へやられる展開」の中で神が生まれるという仮説を導いているが、そのためになぜ前半で「社会的関係のなかでの贈与」の説明をしたのか。その理由として最も適当なものを次の①~⑤の中から一つ選べ。(㊟解答は最下段)

 

 ①    日常生活における贈与の意味を説明する際に、上下関係が発生する場合のものとしない場合のものを挙げ、神社の賽銭や銭撒きといった習俗の中における贈与との違いをはっきりさせておきたかったため。

②    社会的関係の中における贈与にも、上下関係が発生しないものがあることを挙げつつ、それでも上下関係を最初から発生させない脱社会的な状態における贈与は、そこから区別できることを説明するため。

③    社会的な関係における贈与の基本的性質は上下関係の発生にあるが、賽銭は神様と上下関係を作るものではないという自明性を挙げることで、脱社会における贈与の意味を考えるキーワードを提示するため。

④    脱社会の状態における贈与が、人々の間に上下関係を生じさせるものではないという筆者独自の視点を、ことさら強調するために、まず社会における一般的認識としての贈与の意味を説明する必要があったから。

⑤    ケガレの逆転現象が神の発生に関わることを説明するためには、経済的、社会的関係における贈与の意味と、脱社会の状態における贈与の意味が、逆の意味を持つことを前提として説明しておく必要があるため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】③