【問1】
(ア) 端 ①端的 ②丹念 ③鍛錬 ④探究 ⑤生誕
(イ) 執筆 ①失う ②湿っ ③執る ④漆 ⑤室
(ウ) 媒介 ①開墾 ②回避 ③快癒 ④誘拐 ⑤介護
(エ) 顕著 ①険悪 ②堅実 ③献身 ④顕微 ⑤倹約
(オ) 超克 ①深刻 ②酷似 ③克明 ④告訴 ⑤国土
【要約】
近代西欧の作曲家達は、いずれの時代、派に関わらず音楽作品を「完結性のある客体的な存在を持つ音響構成体」であると考えていた点では共通しているが、こうした作品概念は中世後期からルネサンス時代の記譜法の発明に端を発する楽譜の存在と表裏一体である。こうした記譜法の発明により非常に複雑な対位法的音楽が可能になり、以来、作曲を始め音楽は「筆記」に依存するようになった。もちろん楽譜は、そのままでは単なるテクストに過ぎない。それが演奏者によって解釈を伴いつつ演奏されることで、初めてそれは音楽としての実体を得る。しかし、どのように演奏されようともそれが同一の「テクスト」に基づいて演奏されれば、それらはひとつの特定の音楽作品と同定されるという筆記的本性を、そうした音楽は持つ。こうした音楽の筆記的特性は、今世紀の前衛音楽によって一層推し進められ、ついには「演奏者」に「解釈」の自由がほとんど残されていないような「テクスト」が書かれる傾向が促進され、音楽における「テクスト」優位は絶対視されるようになった。しかしその後、一九六〇年代後期に入り、一九五〇年代に既に飽和状態であったそのような傾向への反動として非筆記的な即興演奏へと向かう動きが、突然、急進的な前衛音楽家達の間に広がり始める。その結果、音楽は「テクスト」やその作曲者から解放され、まさに「無名性」を獲得した。つまりこれは西洋近代の芸術的音楽に保たれてきた筆記的伝統の否定であり、またある面では筆記以前の口述的な音楽の復権とも言える。そしてこうした傾向と同時に、前衛音楽家達は、非西欧の民族的伝統音楽に真摯な興味を持ち始める。これは非筆記的本性の音楽に対する正当な評価へとつながり、またそれを筆記的伝統からの脱却を試みる西洋の音楽家達の格好の導き手と意識することになる。こうした前衛音楽家達の新たな試みは、それまでの芸術音楽と他のポピュラー的音楽との間にあった溝を埋めるような結果ももたらした。しかし、こうした「筆記性の衰退」という事態の中で、今日、作曲家たちは、まさに「作曲」を見直し始め、その結果多くの作曲家が、再度「書くこと」の可能性を模索し始めた。これは西洋近代の音楽的伝統の根幹であり続けた「筆記性」を、初めて客観的に捉えるようになったとも言える現象である。仮に「書くこと」の新たな形での復権がなされれば、そこに近代の超克が成就したことになると思われる。
【復習問題】(解答は最下段)
傍線部D内『「ジャズは好きですか?」という問い』について、筆者は、何のために「そういう期待をもって活動している作曲家」に「ジャズは好きですか?」と問うという「仮定」の話をしたのか。次の中から適当なものを次の①~⑤の中から選べ。
① 作曲に「書くこと」の新たな可能性を模索し始めた作曲家にとっては、ジャズは筆記性が稀薄な音楽の象徴であるから。
② 作曲における「書くこと」の新たな形での復権がなされるかも知れないと期待している作曲家が、ジャズを嫌っているのは明白だから。
③ 筆記性が稀薄なジャズを否定するだけでは、「近代」の超克は達成できないが、その方法はまだ明らかでないということを筆者は暗示したかったから。
④ 西洋近代の音楽的伝統を客観的に見られるようになった作曲者たちは、ジャズをまず一番に乗り越えねばならないはずだと筆者は考えているから。
⑤ 「書くこと」の新たな形での復権に期待もって活動している作曲家にとって、愛好家たちの多い非筆記性を本性とするジャズは、何としても打倒しなければならない相手だから。
【解答】
③