《要約》
マジックは、マジシャンと観客の間のコミュニケーションによって成立するが、そこにおける重要な人間の特性は、人間が他者の心を理解し予測する特性を有することである。人間は成長するにしたがって、他者の感情や意図を理解する機能としての「心の理論」を身につけていく。マジシャンと観客は、この「心の理論」を駆使し、また観客はそれでいて引っ掛からないようにする、という高度な駆け引きを行っている。そうしたマジックは観客を欺くエンターティンメントであるが、観客は、しかしながら完璧にだまされることを楽しむというきわめて特殊な心理状態を経験する。観客がだまされることを楽しむ人間のメカニズムは分かっていないが、そのヒントは脳の活動にある。基本的にはマジックを見た時に起こる脳の活動部位は、既存の知識から導かれる期待に反するようなことを経験した時に活動する部位と同じである。脳は、生体にとって予想に反する出来事を、より的確に検知した方が生存に有利であるため、それを見つけることを楽しく感じるようにプログラムされている可能性がある。その点で、マジックを始めとするエンターティンメントの楽しみの根源が人間の生存にかかわるメカニズムに関連するかもしれないという仮説は、興味深い。