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2013第2学期『青木邦容の現代文』第11講熊田孝恒「マジックにだまされるのはなぜか」要約

《要約》

マジックは、マジシャンと観客の間のコミュニケーションによって成立するが、そこにおける重要な人間の特性は、人間が他者の心を理解し予測する特性を有することである。人間は成長するにしたがって、他者の感情や意図を理解する機能としての「心の理論」を身につけていく。マジシャンと観客は、この「心の理論」を駆使し、また観客はそれでいて引っ掛からないようにする、という高度な駆け引きを行っている。そうしたマジックは観客を欺くエンターティンメントであるが、観客は、しかしながら完璧にだまされることを楽しむというきわめて特殊な心理状態を経験する。観客がだまされることを楽しむ人間のメカニズムは分かっていないが、そのヒントは脳の活動にある。基本的にはマジックを見た時に起こる脳の活動部位は、既存の知識から導かれる期待に反するようなことを経験した時に活動する部位と同じである。脳は、生体にとって予想に反する出来事を、より的確に検知した方が生存に有利であるため、それを見つけることを楽しく感じるようにプログラムされている可能性がある。その点で、マジックを始めとするエンターティンメントの楽しみの根源が人間の生存にかかわるメカニズムに関連するかもしれないという仮説は、興味深い。

2013第2学期『現代文読解』第12講茂木健一郎「疾走する精神」要約&記述解答

《要約》(講義時間の都合上、早いペースだったので、講義内容を補完する意味で長めに構成しています。)

世界中の人々がインターネットという「スモール・ワールド・ネットワーク」でお互いに結び付けられる現在、世界中の人々が持つ、よりよく生きたいという素朴で切なる願いに資するような思想でなければ、世界的な影響力を及ぼすものにはなり得ず、それはさまざまな地域に住む人々がよりよく生きることを助けるものでなければならない。地域を超えた結びつきがますます密になるこれからの社会では、異なる他者が共に生きる共生の生命哲学が必要だが、「もののあはれ」の伝統を持つ日本は、そうした生命哲学を生み出すことができるはずである。というのも、「もののあはれ」を解する日本人の生命哲学の中には、もともと変化と切り結んで自らを変えるという叡智があったはずだからだ。そもそも色合いが異なる者同士が丁々発止と渡り合ってこそ、「共生」は意味を持つが、またそのためにこそ国家や社会の中にある恒常性への志向ということ自体を対象化し、客観化し、それを多様性の増大のめにうまく機能させるような発想が必要である。日本に限らず、ある国が独自の伝統を言い立てる時は、大体において国としての同一性、自我が揺るがされている時だが、その時に伝統を守るという恒常性を、変化に対して目を瞑る方向ではなく、新しい自我を作り上げるように積極的に運用する必要がある。その意味で自己同一性を保つということと、変化に身をさらすこととは矛盾せず、むしろ頑強な恒常性維持作用があることが、多様で偶有性を増す現代社会における生命哲学を全うするための前提とも言える。以上の点からも日本が、他者に開かれると同時に確固とした自己を持った魅力的な国になるために、日本の伝統である「もののあはれ」の核心には実は強靱な自我があるという洞察が必要なのだ。

《問8》異なる他者が共生するための、頑強な恒常性維持作用をもとに変化に身をさらし自らを変えるという叡智を元々持っているから。

(別解)

共生には、「個」の確立とその変化が必要だが、「もののあはれ」は、強靱な自己を前提に自らを変えられるという叡智を持つから。

2013第2学期『現代文読解』第10講上田三四二「子規の尖端」要約

《要約》

子規の言葉のなかで私のもっとも好きなものは「病牀六尺」に収められているが、この時の子規は余命、あと1ヶ月と少しだった。ここには「造化の秘密」を窮める予感を持ち始めた子規がいるが、その1年と3ヶ月前に作られた「おぼつかなくも筆を取りて」では、彼は写生の実践の最上の達成、つまり写生でありながら自らの感興を出すことに成功しているが、「造化の秘密」をうかがうまでには至っていない。またその6日後の「しひて筆を取りて」十首では、彼は自らの理論である写生から自由になったかのように、ひたすら先途無きおのが身ひとつを嘆くように、自らの切実な思いを歌っているが、やはり「造化の秘密」には至っていない。しかし「しひて筆を取りて」では、彼は写生理論から跳躍し、自らの心そのものを歌うことに成功している。

2013第2学期『現代文読解』第9講日野啓三「東京の謎 眼に見えぬ濃密な感触」要約&記述解答

《要約》

東京の東京性は、その都市の情報の密度とそれがもたらす緊張度にある。その感触こそが現代であり、その凝集点が本当の現代都市である。そこでは情報が我々の感覚と意識下を刻々に直撃し、密かに通じ合い、意識の微細化と拡大を通して、常識的理性を素通りし、我々の現実感の根本を変えつつもある。そしてそうした高度情報の集中点東京は、今、私の原始的なアニミズム理性を徐々に蘇らせはじめているように思えてならない。

《問4》(解答例)

東京は、地方都市とは異なり、情報が集まり、それが新たな形として放出されていくといった、その情報の密度が異なるということ。(60字)

〈別解〉

東京の情報密度が高く、それによって肉体的な感覚器官を超え、微細化、拡大する意識によって捉える、眼に見えぬものの緊迫度。(59字)

2013第2学期『青木邦容の現代文』第7講村上陽一郎『自己の解体と変革』要約

《要約》

共時的に、あるいは継時的に存在する異文化と接触し我々が驚く際に、そこには自分の内にあった未知なるものにはじめて気付いた驚きが含まれるが、この種の驚きを通じて、はじめて我々は今まで無自覚に肯定してきた自己を見直し、改め、新しい自己へと変革する契機を得る。その点で喜ばしき学問とは、このような自己の解体に日常的に直面させてくれるようなものを言うのである。

2013第2学期『現代文読解』第8講木岡伸夫「風景の中の時/時の中の風景」要約

《要約》

年をとるにつれ、なぜ時の経つのが早く感じられ、しかも年をとった今、そのことが昔ほどは気にならないのはなぜか。そうした問題を考える際に「時間」を主題化することは、時間は言挙げされない仕方でしか経験されないという性格から、そのあり方そのものを変えてしまうことになる。したがって直接に時間を問うのではなく、時間がそれに即して現象する「記憶」や「風景」といったものを取り上げるしかない。集団の共有する物語としての風景は「原風景」と呼ぶべきもので、それは同時に時間的にして空間的である点で、時間を考える際には、時の経過を測る基準点の意味を持つ。その「原風景」は、かつてあるものが存在したことの記憶と、それが現に失われつつあるか、既に失われたという事実が結びつくことによって生じる点で、そのつながりの距離が、風景の中の時の経過、しばしば時の移ろいの早さとして実感される。したがって濃密な今の連続を生きる若者には、風景の中の時は常に現在に連続しているために、過去との間に安定した距離を構成する余裕がなく、その危機意識が時の経過が早まるという驚きを作りだしているとも言えるが、それは裏を返せば、年齢と共にその危機が顕在化しなくなり、無常の感が薄れていくことであり、それが年を取るにつれ、時の速さが気にならなくなる理由でもある。

2013第2学期『青木邦容の現代文』第6講川勝平太『文明の基礎とは何か』要約&記述解答

《要約》

文化と経済とは対立的に考えられがちだが、経済が生産と消費、供給と需要、販売と購入とからなり、生産・供給・販売は、文化としての生活様式である消費・需要・購入に従属すると言える点で、経済は文化に従属する。その文化は遍在し、それが他地域から憧れられて、取り入れられ普及すると、その地域の文化は文明になる。そうした文明は、文化と異なり偏在し、興亡し、また移動する。文化が中心性と普遍性を備えると、文明になる点で文明の基礎には文化があると言える。近代文明は資本主義として勃興したが、その出生には、プロテスタンティズムに見られる禁欲や、世俗的贅沢、あるいはアジア地域の文化への憧れといった、非経済的・文化的要因があった。特に大航海時代前後においては、黒死病に生命の危機を募らせたヨーロッパは、アジアに胡椒・香辛料を求め、また東南アジアは多文化交流の坩堝であり、ヨーロッパ諸国は東方の物産、特に木綿に魅惑され、やがてそれが経済的理由から買えなくなると、自分達で作りだした。後に産業革命の主軸になるのが木綿産業であるが、その点でまさに文化革命が主導して産業革命が後を追いかけたと言える。こうしてヨーロッパ人の生活危機、宗教意識、またアジアの文明への憧れが、ヨーロッパに人類最初の経済文明をもたらしたのである。

 《問7》「文化」は、「経済」を従えて遍在し、他地域から憧れられ、普及して「文明」になる。

2013第2学期『現代文読解』第7講佐々木毅「学ぶとはどういうことか」要約&記述解答

《要約》

人間社会に巣食う不正や暴力、欲望の暴走、予測不可能な不安定性といったものに対する嘆きや悲しみ、やり切れ無さが人間の「学ぶ」ことへのエネルギー源であり、そこから大思想が生まれる。しかし、その人間的な現実を作り出しているのも他ならぬ人間であり、人間はそうした現実に疑いを差し挟み、新しいことを試み、それを通して人間世界を変え、それを作りかえることで文明を作り上げてきた。しかしその文明では日々、さまざまな問題が生じるため、新しい工夫によって一歩一歩前に進むこと以外にやりようがないが、そうした問題に対する具体的な対処が「学ぶ」ことの内容を形成する。その意味で「学ぶ」ということは、文明の性格と深く結びついている。プラトンは、その万物を統御する神による支配というモデルにおいて、「すべてがわかっている」人間、智者こそが支配者になる政治体制を理想としたが、人類が過ちを犯すことがある以上、常に様々な問題が生じ、「学ぶ」ことが求められる。プラトンの考えに比べれば、終点のない「学び」である、「より適切なもの」を選択する立場は、究極性や絶対性はなく、あるのは生命の働きに依拠した継続性である。そこには選択の余地と過去の選択の修正可能性があり、それはすなわち人間の現実が「可能性の束」であることを意味している。その意味で、人間は新たな可能性を切り拓く「中間的」存在としての定めに従いつつ、絶対的な権威を振りかざす特定の人間に百パーセント臣従することの薄気味悪さからは、間違いなく開放されていると言える。

《問5》

様々な問題に対して、人間は新しいことを選択し、企て、それらに具体的に対処することで、人間世界を作りかえていけると考える。

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【日時】10月20日(日曜日)13:50~15:20

【場所】SAPIX-YOZEMI GROUP 代々木ゼミナール京都校

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所在地 〒600-8176 京都府京都市下京区烏丸通六条下る北町187
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アクセス 京都駅(JR・近鉄)中央口より徒歩8分
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10月26日青木邦容の講演会が大阪で開催されます!!

【日時】10月26日(土曜日) 午後18:30より

【場所】新梅田研修センター http://www.temmacenter.com/shin_umeda/

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してから来て下さいね!!お待ちしております。

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