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2013夏期講習会『青木邦容の現代文』第1講小倉千加子『醬油と薔薇の日々―たのしくニョーボする時代』要約

安田成美の「薔薇っていう字、書ける?」というCMには、男女の力学を逆転させた所に生じる女のコケットリーの発見と、そのような遊戯的言語空間を女に許す、夫婦生活の安定性と恒常性の見通しが示されている。七〇年代のウーマン・リブにしろ、八〇年代のフェミニズムにしろ、女性が結婚生活、すなわち「醤油」というリアリズムに縛り付けられることに女性自身は抵抗してきた。しかし九〇年代のCMで安田成美はそうした「醤油」つまり日常生活が、妻がいつまでも幼くお洒落で初々しくあろうとすることで、男が幻想を抱くような「薔薇化」つまりロマンティツクな結婚生活に変貌させる可能性を示唆したのである。

2013第1学期『現代文読解』第12講分高階秀爾『日本近代の美意識』&岩井克人『「瓶の妖鬼」を読む』要約と記述解答

高階秀爾「日本近代の美意識」

【要約】「美しさ」の発見とは言うものの、これはそれまで誰も気付かなかった対象の持つ属性を見つけ出すことではなく、対象を「美しい」と感じる一人一人の心の中に、思いもかけず見いだされるある種の実感のことである。

岩井克人「『瓶の妖鬼』を読む」

【要約】スティーヴンスンの『瓶の妖鬼』に登場する、小鬼の住む小瓶は、「貨幣」の象徴として読むことが出来る。それは、小瓶が貨幣同様に何でも叶えてくれるからだけではない。貨幣も小瓶もまさに、相手を犠牲にして、交換を成立させるからである。貨幣も小瓶も誰かがそれを受け取ってくれる限りで、交換が成立するが、それはまた相手を手段として自分の願望を叶える行為でもある。しかしこの貨幣の論理を超越した倫理的な交換がある。愛と呼ばれるそれは、自分を犠牲にして相手を救おうとするものである。

問6 二人が自らの魂を犠牲にしても、互いの魂を救おうとしたこと。

2013第1学期『青木邦容の現代文』第9講分 山本健吉『日本の庭について』要約

ヨーロッパの庭は、彫刻や絵画や建築や、ヨーロッパ流の芸術理念を作り出しているそれらのジャンルに準じて、自然を造形し構成し変容せしめようという意志をもって創造された。それに対して日本の庭は、生花や茶の湯、連句などの日本の芸術に共通して見られる一期一会の精神に準じ、そこにはヨーロッパの庭に見られる永遠の造型を目指そうという人間の意志は感じられない。日本の庭は変化こそを命とするのである。しかし日本の代表的な庭園とされる龍安寺方丈の石庭は、ヨーロッパ風の芸術理念から言っても、何ら躓きとなる要素を持っていない。また日本の多くの庭に見られる、日常生活において人をくつろがせ解放し、その嬉戯の心をみなぎらせる要素もない。その点で鑑賞者に緊張感を与える龍安寺の石庭の非日常性は、それが日本の庭の代表などではなく、例外的存在であることを示している。

2013第1学期『医系小論文』MEDICAL KING№6 EX.7 解答例

健康の概念は、医療技術の発展とそれに伴う疾病の変遷と共に変化し、「健康」は単に「病気でない状態」ではなく、その質が問われるようになった。そして患者のライフスタイルが病気の原因になり得るという認識が広まるにつれ、ウェルネスやセルフケアの名のもと、日常の生活習慣を自らがコントロールすることで病気を予防し、より質の高い健康的、衛生的生活を送りたいという考えが出てきた。その後、健康増進の運動は飛躍的に発展し、各年齢毎に心身共に最高の健康状態で生きようというオプティマル・ヘルスという健康観が普及し始めた。

2013第1学期『現代文読解』第9講分 鷲田清一『ちぐはぐな身体』解答例

問1

ア糾弾 イ摂取 ウ隔離 エ交錯 オ希薄(稀薄)

問3

われわれは、じぶんの同一性を、じぶんが他者にとって意味ある他者であることに見いだそうするが、そういう意味の次元での自他の境界が意識できなくなると、物質的・身体的な次元で過剰に自他の境界を意識し、異物との接触を徹底して回避するようになる。

問4

孤独なじぶんが、ある他者には有意味になると思い込み、ストーカー行為を続ける。

2013第1学期『青木邦容の現代文』第8講分 岩井克人『資本主義と「人間」』要約

フロイトによれば、人間の自己愛は過去に三度ほど大きな痛手を被ったという。つまり、人間は自らが中心であると思っていた世界から追放されたわけだ。しかし資本主義の歴史を振り返れば、もう一つの傷があることに気付く。「ヴェニスの商人」に象徴される商業資本主義は、あくまで差異が利潤を生み出すとしたが、現在進行中のポスト産業資本主義においても、差異そのものである情報を商品化して利潤を生み出している点で、同様の資本主義の原理が見られる。それどころか、経済学が、労働する主体である人間を利潤の源泉であると説いた産業資本主義においても、結局は労働生産性と実質賃金率との間の差異を媒介にして利潤を生み出していた点で、「ヴェニスの商人」は内在し続けていた。その意味で、資本主義の歴史において人間が富を創出する主体としてそこに存在することは一度もなかったことになる。これが四番目の傷の正体である。

2013第1学期『医系小論文』MEDICAL KING №5 解答例

【発想のイメージトレーニング】

①たしかに健康であることは、生活習慣病の予防、延いては際限なく膨らみつつある医療費の抑制のためにも各々が目指すべきものであろう。しかし、健康であることが義務とされたり、健康に対する統一的な見解が強制されたりする状況は受容しがたい。むしろ健康を意識せずにいられる状態こそが真の身体的・精神的・社会的に良好な状態と言えるのではないか。

②(訳)「健康」とは「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」

2013第1学期『青木邦容の現代文』第7講分 多木浩二『生きられた家』要約

《要約》

日本の家は、象徴的なしぐさによって意味の次元でその様相を変えている点で、実体としては希薄であっても意味に浸透されていると言える。この希薄化は、日本の家では空間と物の結びつきが全く一時的な現象で、物があらわれたり、消えたりするという性格に見られるが、それらの物は部屋に生じる出来事を変えるという意味で、機能性と象徴性を兼ねそろえている。日本の家は、そうした物の登場によって空間の意味が決定されるという意味で、出来事(使用)の空間であり、物にこころがあるという日本伝来の考え方も、こうした空間や場面全体を変える契機となる物の性格や物と生活の関係から生じてきたのであろう。

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