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2013第1学期『青木邦容の現代文』第4講 加藤周一「雑種文化」要約

日本人の外国観の基本構造は、古来、日本の遅れを強調して、特定の外国を理想と同一化する、いわば「一辺倒」と言うべきものだが、その利点は相手国から何かを学習する際に、それを容易にするという点である。しかし一方では、本来、歴史的かつ特殊な対象を、普遍的な価値と同一視してしまうという意味で、現実的な外国観を不可能にし、それを主観的にしてしまうといった不都合な側面を「一辺倒」は内包する。

2013第1学期『現代文読解』第4講 高橋由典「社会学講義」要約

社会学における人間の行動の見方には二つの方法があり、一つはM・ウェーバーの方法論に代表される見方だが、これによると人間の行動は、行為と呼ばれる、主体の意思決定の所産となる。もう一つはE・デュルケームの方法に代表されるもので、これによるとそれは、社会による決定の所産と見なされる。前者を個体主義的な視点、後者を総体主義的な視点と呼んだ場合、前者の想定している人間の行動は、その意思決定の過程を、個人の利害や理念に依拠する合理的なものとするが、後者のそれは、社会的・制度的な拘束の下にあることを明らかにするものである。

2013第1学期『現代文読解』第3講 小林秀雄「読書の工夫」要約及び参考

小説の一番普通の魅力とは、たしかに小説中の人物になりきり、自らの現実とは異なる世界を生きることにあるが、あまりにそれに慣れてしまうと自分を忘れ、他人を装う術に長けてしまい、現実と虚構の区別がつかなくなる。これは同時に実人生において何もしなくなることでもある。読書もまた実人生と同じく真実の経験である以上、錯覚を楽しむだけでなく、例えば小説の場合ならば、小説を読むことで、自分の力で作家の作るところに協力しようとするような自覚が無いと、我々は何もそこから得ることがない。そういう工夫をすることこそが読書の本当の楽しみであり、それは小説だけでなく、思想の書物にも当てはまる。つまり他人の思想を装う術などは覚えては駄目なのである。

参考➀問1漢字解答例

1根本 イ根源(元) ロ根底 ハ根拠 ニ根絶 ホ混雑

2本能 イ才能 ロ効能 ハ全能 ニ頭脳 ホ技能

3切断 イ断片 ロ段落 ハ断水 ニ断面 ホ断定

4省みる イ猛省 ロ反省 ハ抑制 ニ自省 ホ内省

5空  イ空手形 ロ空元気 ハ漢心(漢意) ニ空車 ホ空堀

参考②問7「小林秀雄-文学史」暗記法

(覚え方)『➀私は ②無常な ③ひでぇ ④衣裳、 ⑤金 ⑥品、 ⑦本 もない ⑧生活。 ⑼儲けは ⑩「×」で、⑪人生 ⑫ゴーホーム!!』

➀「小説論」 ②「無常といふ事」 ③小林雄 ④「様々なる意匠」 ⑤「代絵画」 ⑥「考えるヒント」 ⑦「居宣長」 ⑧「ドストエフスキイの生活」 ⑨「モオツアルト」 ⑩「Xへの手紙」 ⑪「私の人生論」 ⑫「ゴッホの手紙」

2013第1学期『青木邦容の現代文』第3講 中岡哲郎「ものの見えてくる過程」要約

科学史を勉強する魅力は、一つの事実が人間にはっきりと分かってくる過程をたどることにあるが、これには現代から過去を再構成することの困難さが付きまとう。その困難の本質は、現在と過去の概念の差にある。我々は、物事を明晰に記述し表現する概念に慣れてしまっているがゆえに、それが無い時代の人々が、何を「闇」として問題にしていたのかが見えにくいのである。しかしそれでも、歴史的時代にあった科学の問題を再構成しようとする科学史家の努力は、同時に過去の科学者の困難を追体験することでもあり、それもまた科学史を勉強することの魅力の一つなのである。

2013年第1学期『青木邦容の現代文』第2講-② 湯川 秀樹「知魚楽」要約

魚の楽しみが分かると言った荘子に対して、恵子は魚の楽しみのような、人間の立場からは、はっきり定義も実証も不可能なものをどうして知ることができるものかと言わんばかりに反論する。この二人の問答は、科学の合理性と実証性に関わっているという見方もでき、恵子の方が科学の伝統的な立場に立脚しているように思われるのだが、それでも私自身、科学者でありながら、荘子の言わんとするところ-言葉や議論を超えた、実証不可能なものの向こう側に、事の真相が横たわっている場合もあるという発想-に同感したい。

参考 〇三段論法・・・個々の命題の真偽は別にして、「AならばB,BならばC,ゆえにAならばC」という論理構成で、結論を導く形式。大前提・小前提のどちらもが真ならば結論も真となるが、大前提・小前提の少なくとも一方が偽の場合、結論が真であるかどうかは分からなくなる。

本文では、恵子が荘子に向かって言う台詞の中に、この論法が登場する。

(大前提)魚の楽しみは魚にしかわからない。

(小前提)君は魚じゃない。

したがって(ゆえに)

(結 論)(君に)魚の楽しみがわかるはずがないじゃないか。

(「青木の現代文単語の王様」138㌻~141㌻参照)

2013 第1学期 『青木邦容の現代文』第2講-① 湯川 秀樹「現代人の知恵」要約

一見、思弁的であるより先に実証的であろうとする科学は、哲学と異なるように見えるが、自然を認識する方法に答えを与えようとする際には反省的にならざるを得ず、哲学に接近する。また科学は、分析的方法が総合的方法に先立つ点で技術とも性格を異にするように見えるが、普遍的法則に到達した後は総合の世界に立ち戻ってくる点で技術に接近する。また科学は宗教と異なり、普遍的法則を求めるが、そこにはやはり疑いが残される。それでも絶対的な真理が存在することを信じて疑わない点で、その立場は宗教とも矛盾するとは言えない。

参考①要素還元主義・・・「何かを認識するためには、その対象を要素に分割・還元し、一つ一つの要素を詳しく調べた後、これらの結果を再び集めればよい」という考え。(「青木の現代文単語の王様」84~85㌻参照)

   ②反証可能性・・・ある仮説に対し、実験や観察によってそれが間違っていると証明できる(反証でき     る)かどうか、という概念。科学哲学者のカール・ポパーが、科学と非科学を分ける基準として、    科学理論は反証可能性を持ちながら、未だ反証されていない理論のみが生き残る暫定的な仮説として    の性質を持つと言った。(「青木の現代文単語の王様130及び140㌻参照)

 

 

2013 第1学期『現代文読解』第2講 村上陽一郎「安全学」要約及び問5の解答例

人間は、自らの存在する共同体に備わっている秩序・規範を後天的に学習し、身につける必要がある。しかし同時に個人としての人間は、そうして共同体に同化しつつ、そこから逸脱しようとするエネルギーを内包する。こうした「逸脱のエネルギー」は共同体の「維持」「安全」にとっては不都合であり、様々な手段による圧殺、排除が講じられる。しかし、未開民族の共同体では、日常的秩序から逸脱する人々は、シャーマンという重要な役割を与えられる形で、その秩序の中に逆に取り込まれる。これはそうした「アウトサイダー」のエネルギーを吸収することで、共同体の日常的な安定を守ろうとしているのだと考えられる。

〇12㌻問5解答例

a 制服の強要や訓練による一糸乱れぬ団体行動の強制、また命令への絶対服従や人工言語である軍隊用語の強制。(50)

b呪術社会では、日常的秩序から逸脱する人々は、シャーマンという社会的に極めて重要な役割を割り振られ、共同体の秩序の中に取り込まれるという事実。(70)

2013年第1学期 医系小論文 第2講Reference「THE “読点”」

【ここは打った方が良いぞ!!~どこで?~】

①文の初めに用いる接続詞の後

(例)したがって、この計画は・・・

 

②長い主題の後

(例)残業のため居残りをしていた彼は、・・・

 

③語句を隔てた修飾

(例)彼の、彼女の誕生日にあげた本。

 

④挿入句の前後(ダッシュ「-」で置き換え可能な箇所)

(例)ヨーロッパ諸国、特にイタリアやギリシャ、では金融への・・・

 

⑤強調

(例)彼の言動には、若干は、納得のいかないものもある。

 

⑥二重解釈などの誤解を避ける目的

(例)ここではきものを脱いで下さい。

→ここで、はきものを脱いで下さい。

→ここでは、きものを脱いで下さい。

 

⑦並立

(例)大きな、のっぽの古時計

   政治的、経済的観点から言うと・・・

   彼も私同様、苦しみ、もがいている。

 

2013 第1学期『現代文読解』第1講 中村 良夫「風景学・実践編」要約

小林一茶と飯田龍太の句を比較すると、前者が風景の視覚的美しさを詠み、後者がその皮膚感覚に訴えてくる様を詠んでいるという違いが指摘できる。同時に風景には視感覚の勝ったものと触感覚に秀でたものとの二つの側面が存在するということが言える。そうした風景を描いた風景画には、現実の風景知覚にあるはずの自己の身体が慎重に排除されているが、私たちが現実に風景を体験する際には、視覚と身体感覚が同時に働いている。つまり世界の生きた気配を内側から捉え、外側から形として客観視しているわけである。こうして現実の風景は、こうした二つの側面の双対関係をもって我々の前に立ち現れる。

2013 第1学期『青木の現代文』第1講 竹内 靖雄「経済倫理学のすすめ」要約

自分にとって都合の悪いことは見て見ぬふりをするというのが、「倫理的低圧社会」というべき、今日の社会の原則であるように思える。今日の体勢は、このような社会を居心地の良い、気楽なものとして選択する傾向があるが、このような社会はその反面、暴力や破壊に対して甚だ弱い面を持つ。

(参考)「交換の正義」・・・社会においては品物、サービス、貨幣がそれぞれ交換の対象となるが、それらの交換の際に、「等価交換」を交換する相互の主体が目指すという正義。この正義が達成されない場合、物や貨幣、あるいはサービスなどの交換の際に、相互が不信感を持ち、交換がスムーズに行われなくなるなど、社会に混乱を招くことになる。

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