2017年4月2日トリプル・アイにて実施「REVIEW文章を読むときに大切なのは?」解答

トリプル・アイの皆さん、4月2日はお疲れ様でした(*^_^*)

さて、講演での「注意」を守って、それこそ「注意深く」解答できたかな(笑)?

それでは順番に見ていきましょう!!

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まず今回の講演会のPOINT!!

『今』=段落や傍線部(を含む一文)で『何』を述べようとしているのか(=話題/内容)。

 

これを意識できたかな?

今回の練習問題は2段落構成だよね。まず最初の段落は―

☆「言葉」っていう「ことば」が多いよね―だから言葉について述べているのが分かる。

☆言葉は「一般的」だけど、現実の個々の現象は「微妙に異なっている」って書いてある。

(例)A君「昨日、晩ご飯、カレーだったんだけど、めっちゃ旨かったわ」

   B君「まじで!?俺もカレーだった!!いや~カレーって旨いよな」

   以上の会話の「カレー」「旨い」という「言葉」に注目。

   A君とB君の食べたカレーは「違う」…なのに一緒になって「カレーは旨い」って話をしているよね。この時の「カレー」という言葉は、本文で言う「類似した感覚的イメージの共通な部分を抽出した一般的なもの」に当たる。要するに頭の中に描くカレーのイメージがあるでしょう。いますぐカレーを頭に思い浮かべてごらん。それが抽象的な「カレー」の「イメージ」(笑)でも、よく考えるとA君の家のカレーとB君の家のカレーは見た目は同じような感じかもしれないが「微妙に異なっている」よね。このように私たちがあるものを「言葉」で表現する時には、似たようなものを同じ言葉で表現するけど、実際の物は微妙に異なっているものなんだ。そしてA君、B君は「違うカレー」を食べたにもかかわらず「旨い」という同じ言葉を使っているよね。カレーを食べた=現実の経験から、(カレーは)旨い=感覚的イメージが生まれるわけだ。するとおかしなことが起こってくる。A君とB君は「カレーは旨い」と同じ言葉を発しながら、実は全く「異なる経験」をし、「異なる感覚的イメージ」を持っていることになるんだ。だから、同じ言葉を使っていても、異なる意味合いで使っていることも多いんだ。だからA君とB君が本当に「深く分かり合うには、長く付き合って」同じカレーを食べ続ける必要があるよね(笑)まあ、それでも実際はA君とB君の味覚(=感覚)が違う以上、100%同じイメージを持つことはないんだけど。

 トリプル・アイにて2

さて、次の段落、とうとう傍線部だね。【『今』=段落や傍線部(を含む一文)で『何』を述べようとしているのか(=話題/内容)】を意識して見てみよう。

 

まずここでは「日常言語」は「人によってニュアンスが異なり多義的である」という話をしようとしている。

「日常言語」は傍線部の直前に「個々人によって異なった過去の経験に基づく異なったイメージが反映している」と説明されている。ここで先ほどのA君とB君の例を思い出して欲しい。A君の「カレーは旨い」という日常の言語とB君のそれは、それぞれの経験に基づいているので中身が「異なる」って話をしたよね。あれだよ。

 

念のためもう一つ例を出しておこう。例えば毎日48度のお風呂に入って、それを「熱いな」と感じている人間と38度のお風呂に入って「熱いな」と感じている人間がいるとする。そこで48度のお風呂に毎日入っている人間が、38度の方に『お~い「熱い」風呂入れてくれ』と言ったとしたらどうなるか…。もう分かるよね。同じ「熱い」という言葉を使っていてもそれぞれの「過去の経験」が異なるから、「熱い」のイメージも異なっているんだ。だから38度の方の人が入れたお風呂を48度の人は「ちっとも熱くない!!」と怒るかもしれないね。

 

だから傍線部にあるように「日常言語」はそれを使う人によって「微妙に意味が異なる」ために「多義的(色々な意味を持つ)」と言える、という訳ですわ。

 

では再度ここで【『今』=段落や傍線部(を含む一文)で『何』を述べようとしているのか(=話題/内容)】をまとめると―

第1段落から傍線部にかけて=「今」

過去の経験に基づく日常言語は、それを使う個々人の経験が異なるために、同じ言語でも意味(ニュアンス)やイメージが異なる=「何」

となる。

『解答のイメージ』がこのようにわいたら、それに合う選択肢を探す。決して「和●ア●子の死体」とかを選ばないように(笑)

 

①ペットボトルの水が半分あるのを見て「おっまだ半分」と言うか「あと半分しかない」と思うか…違うな。

②弟が数の数え方を知らないだけ…違うな。

③真の美は普遍的だ(=時間や空間を超えて受け入れられる)…違うな。

④「デパートの入り口」で待ち合わせたら違う「入り口」にいた…引っ掛かる人はこれに引っ掛かる。これは「同じ言葉」を使っているがニュアンスが違うのではなく、単に「入り口」が複数あっただけ。違う。

⑤「駅から近い」と言われる→「近いんだ」と思う→実際「遠く感じた」=おじさんの「近い」という言葉のニュアンスと自分の「近い」のニュアンスが違ったわけだ。おじさんはいつもその道を歩いている(=経験)から「近い」と感じる。しかし自分の「近い」は普段の自分の「経験」から、もっと距離の短いイメージがあるのかもしれない。その経験から与えられた言葉のズレがここで説明されている。先ほどの『解答のイメージ』からこれしか正解がない!!

 

【正解】⑤

 

どうだったかな?できなかったとしても凹まず、『青木邦容の標準現代文』などを受けて、これから「できるようになればいい~~~~~んです」(笑)頑張って!!また那覇に行きたいなぁ(笑)

トリプル・アイ講演会の様子はコチラでも(笑)→ Facebook

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