2014第1学期『青木邦容の現代文』第3講(設問番号は4)鈴木克美「水族館への招待」要約&復習問題

【要約】

昭和四十六年の春に、初めてヨーロッパの博物館と水族館を見学した時、そこで見学する人々の態度に大いに感心した。設備内容や展示の工夫は、日本で見た感じのものが多く、新味が感じられなかった反面、大人や子どもの見学者が、何のためにそこにいるのかを理解しているという彼らの見学態度に、文化の成熟度を感じた。ところで少なくとも我が国では、水族館と動物園と自然史博物館の間には、大きな距離がある。たしかに歴史的に水族館は、珍しいもの、美しいもの、非日常的なものを集めて、それらを観賞してもらう場として発展してきた。しかし、それによって代価をとったり、地球上に存在する珍しい生き物を紹介している点では博物館と同じである。しかしそこで「驚き」や「感動」を与えて終わるのではなく、そうした自然の造化の不思議さが持つ魅力を分析し、理解してもらうのが、博物館としての水族館の活動である。自然科学の役割が、自然の秩序と法則の発見と説明ならば、水族館も科学のきまりに従って、それらを取り出して見せたり、説明すべきである。また美術館が、人類の芸術活動の過程を紹介し、そこから感動を得る場であるならば、水族館は生きものという自然の存在を取り出して、その存在から得る感動を紹介する場だと言える。そこから一歩踏み込んで、博物館としての水族館は、生きる喜び、生命の尊重、自然の恩恵などについての思想を語り、理解を求めることができるはずである。その点で水族館は、美術館と自然史博物館の、両方の機能を併せ持つ場所であり得るのではないか。

【復習問題】16行目「自分がはずかしかった」とあるが、筆者がこのように感じたのはなぜか。その理由を80字以内で説明せよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

A:ヨーロッパの博物館と水族館の見学者に見られる、本来の見学態度に感心するということは、日本におけるそれらの見学態度の未熟さに慣れてしまっていることになるから。