2014第1学期『現代文読解』第9講(問題番号は8)竹内整一「花びらは散る花は散らない」記述解答&復習問題&要約

【問6】

「みずから」の身辺の出来事を全てさらけ出せば、それで「おのずから」小説になるとして、その出来事の責任を負う主体である「私」が不在である文学。

 

 

【要約】

「則天去私」と「自己本位」ということの同時認識、同時成立に夏目漱石の文学の要点があるように思えるが、そこには「みずから」決断して為すことが、自然や天の「おのずから」にしたがうことだという考え方がある。自然主義文学では、私という「みずから」の身辺に起きたことを、「残る処なくさらけ出して」行けば、それで「おのずから」小説になるという発想があったが、そこには、誰も起きた出来事に責任を負う主体はいない。これは自己弁護、現実の無条件容認主義に堕しているといわざるをえないが、何より問題は、我々自身の中に、こういう発想があるがゆえに、こういう文学が書かれ読まれてきたことである。こうした発想には、「みずから」と「おのずから」の同一性・連続性が前提されており、それが「甘え」や「無責任の体系」として批判されてきたが、これは一方で「みずから」を超えた働きへの感受性が表明されているとも考えられる。幾多のすぐれた思想、思想の名に値する思想は、そのような感受性を研ぎ澄まし、日本の思想の陥りやすい傾向-単にそれを「甘え」や「無責任」と断じる思想傾向-を批判することで創出される。

 

 

 【復習問題】

次の説明文に当てはまる作家を、テキスト問5の選択肢の中から選べ。(解答は最下段)

①    (1909-1948)青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が、第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

②    (1892-1927)東京生れ。東京帝大英文科卒。在学中から創作を始め、短編「鼻」が夏目漱石の激賞を受ける。その後今昔物語などから材を取った王朝もの「羅生門」「芋粥」「藪の中」、中国の説話によった童話「杜子春」などを次々と発表、大正文壇の寵児となる。西欧の短編小説の手法・様式を完全に身に付け、東西の文献資料に材を仰ぎながら、自身の主題を見事に小説化した傑作を多数発表。1925(大正14)年頃より体調がすぐれず、「唯ぼんやりした不安」のなか、薬物自殺。「歯車」「或阿呆の一生」などの遺稿が遺された。

③    (1862-1922)軍医・小説家・評論家。島根県生。名は林太郎。東大医学部卒。陸軍軍医としてドイツに留学、衛生学等を学ぶ傍ら文学・美術に親しむ。帰国後は公務の一方で評論・翻訳に力を注ぎ、また小説家としても活躍した。代表作に『舞姫』『山椒大夫』『高瀬舟』等がある。陸軍軍医総監・帝室博物館総長・帝国美術院院長。

④    (1906-1955) 昭和時代の小説家。明治39年10月20日生まれ。昭和6年「風博士」でみとめられる。戦後「堕落論」「白痴」などを発表。無頼派とよばれ,文明批評,歴史小説,探偵小説などの分野で活躍した。昭和30年2月17日死去。48歳。新潟県出身。東洋大卒。本名は炳五(へいご)。作品はほかに「吹雪物語」「日本文化私観」「不連続殺人事件」など。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答】

① ハ ②イ ③ホ ➃ロ