2013第2学期『青木邦容の現代文』第7講村上陽一郎『自己の解体と変革』要約

《要約》

共時的に、あるいは継時的に存在する異文化と接触し我々が驚く際に、そこには自分の内にあった未知なるものにはじめて気付いた驚きが含まれるが、この種の驚きを通じて、はじめて我々は今まで無自覚に肯定してきた自己を見直し、改め、新しい自己へと変革する契機を得る。その点で喜ばしき学問とは、このような自己の解体に日常的に直面させてくれるようなものを言うのである。

2013第2学期『現代文読解』第8講木岡伸夫「風景の中の時/時の中の風景」要約

《要約》

年をとるにつれ、なぜ時の経つのが早く感じられ、しかも年をとった今、そのことが昔ほどは気にならないのはなぜか。そうした問題を考える際に「時間」を主題化することは、時間は言挙げされない仕方でしか経験されないという性格から、そのあり方そのものを変えてしまうことになる。したがって直接に時間を問うのではなく、時間がそれに即して現象する「記憶」や「風景」といったものを取り上げるしかない。集団の共有する物語としての風景は「原風景」と呼ぶべきもので、それは同時に時間的にして空間的である点で、時間を考える際には、時の経過を測る基準点の意味を持つ。その「原風景」は、かつてあるものが存在したことの記憶と、それが現に失われつつあるか、既に失われたという事実が結びつくことによって生じる点で、そのつながりの距離が、風景の中の時の経過、しばしば時の移ろいの早さとして実感される。したがって濃密な今の連続を生きる若者には、風景の中の時は常に現在に連続しているために、過去との間に安定した距離を構成する余裕がなく、その危機意識が時の経過が早まるという驚きを作りだしているとも言えるが、それは裏を返せば、年齢と共にその危機が顕在化しなくなり、無常の感が薄れていくことであり、それが年を取るにつれ、時の速さが気にならなくなる理由でもある。