2013年第1学期『現代文読解』第6講分 佐々木健一『タイトルの魅力』要約と漢字及び記述解答例

《要約》

作品に残された名は、優れた質の印であり、その作品の作者の自負の証でもある。そこには作品の価値と名のいずれが先であるか、俄に断定できない相関関係がある。たしかに「名」は好ましい意味と逆の意味の両義性を持つが、ある「実」が具体的なそれ自身の名を持てば、それは価値や権威を持つ「有名」なものとなる。その点で高度資本主義社会においては商品のネーミングが二つの重要な役割を持つ。それは商品が名前を必要とする点とその名前の字義によって消費者の求めるイメージを付与する点である。ここには名前の本性が見られるが、またこれらは同時に名前が商品化する理由でもある。

《問1》

問1ア自負 (イ不当 ロ富裕 ハ恐怖 ニ負担 ホ普及)

  イ依存 (イ依頼 ロ移動 ハ異論 ニ衣装 ホ安易)

  ウ近似 (イ表示 ロ辞表 ハ時季 ニ主治医 ホ相似)

  エ喚起 (イ転換 ロ喚問 ハ還元 ニ一貫性 ホ歓迎)

《問12 解答例》

個々の香水の価値を世の中に知らせ保証する効果を持つと共に、個々の名前の字義を介して消費者が求めるようなイメージを与える。

 

 

 

2013年第1学期『青木邦容の現代文』第4講 加藤周一「雑種文化」補充問題と解答

問 日本人の世界観の基本構造となっている14行目傍線部「外国と理想の同一化」から、どのような弊害が生じると筆者は論じているか。できるだけ筆者の言葉を用いて50字以内で書け。

(解答例)外国を批判する普遍的な価値の基準がないために、外国観が主観的になり、現実的な認識が不可能になる。

2013第1学期『青木邦容の現代文』第4講 加藤周一「雑種文化」要約

日本人の外国観の基本構造は、古来、日本の遅れを強調して、特定の外国を理想と同一化する、いわば「一辺倒」と言うべきものだが、その利点は相手国から何かを学習する際に、それを容易にするという点である。しかし一方では、本来、歴史的かつ特殊な対象を、普遍的な価値と同一視してしまうという意味で、現実的な外国観を不可能にし、それを主観的にしてしまうといった不都合な側面を「一辺倒」は内包する。

2013第1学期『現代文読解』第4講 高橋由典「社会学講義」要約

社会学における人間の行動の見方には二つの方法があり、一つはM・ウェーバーの方法論に代表される見方だが、これによると人間の行動は、行為と呼ばれる、主体の意思決定の所産となる。もう一つはE・デュルケームの方法に代表されるもので、これによるとそれは、社会による決定の所産と見なされる。前者を個体主義的な視点、後者を総体主義的な視点と呼んだ場合、前者の想定している人間の行動は、その意思決定の過程を、個人の利害や理念に依拠する合理的なものとするが、後者のそれは、社会的・制度的な拘束の下にあることを明らかにするものである。

2013第1学期『現代文読解』第3講 小林秀雄「読書の工夫」要約及び参考

小説の一番普通の魅力とは、たしかに小説中の人物になりきり、自らの現実とは異なる世界を生きることにあるが、あまりにそれに慣れてしまうと自分を忘れ、他人を装う術に長けてしまい、現実と虚構の区別がつかなくなる。これは同時に実人生において何もしなくなることでもある。読書もまた実人生と同じく真実の経験である以上、錯覚を楽しむだけでなく、例えば小説の場合ならば、小説を読むことで、自分の力で作家の作るところに協力しようとするような自覚が無いと、我々は何もそこから得ることがない。そういう工夫をすることこそが読書の本当の楽しみであり、それは小説だけでなく、思想の書物にも当てはまる。つまり他人の思想を装う術などは覚えては駄目なのである。

参考➀問1漢字解答例

1根本 イ根源(元) ロ根底 ハ根拠 ニ根絶 ホ混雑

2本能 イ才能 ロ効能 ハ全能 ニ頭脳 ホ技能

3切断 イ断片 ロ段落 ハ断水 ニ断面 ホ断定

4省みる イ猛省 ロ反省 ハ抑制 ニ自省 ホ内省

5空  イ空手形 ロ空元気 ハ漢心(漢意) ニ空車 ホ空堀

参考②問7「小林秀雄-文学史」暗記法

(覚え方)『➀私は ②無常な ③ひでぇ ④衣裳、 ⑤金 ⑥品、 ⑦本 もない ⑧生活。 ⑼儲けは ⑩「×」で、⑪人生 ⑫ゴーホーム!!』

➀「小説論」 ②「無常といふ事」 ③小林雄 ④「様々なる意匠」 ⑤「代絵画」 ⑥「考えるヒント」 ⑦「居宣長」 ⑧「ドストエフスキイの生活」 ⑨「モオツアルト」 ⑩「Xへの手紙」 ⑪「私の人生論」 ⑫「ゴッホの手紙」

2013第1学期『青木邦容の現代文』第3講 中岡哲郎「ものの見えてくる過程」要約

科学史を勉強する魅力は、一つの事実が人間にはっきりと分かってくる過程をたどることにあるが、これには現代から過去を再構成することの困難さが付きまとう。その困難の本質は、現在と過去の概念の差にある。我々は、物事を明晰に記述し表現する概念に慣れてしまっているがゆえに、それが無い時代の人々が、何を「闇」として問題にしていたのかが見えにくいのである。しかしそれでも、歴史的時代にあった科学の問題を再構成しようとする科学史家の努力は、同時に過去の科学者の困難を追体験することでもあり、それもまた科学史を勉強することの魅力の一つなのである。